寄生獣における矛盾点まとめ。冬なのに新一が半袖!?

「寄生獣」は1988年に「モーニングオープン増刊」にて連載がスタートした割と昔の作品ですが、最近はアニメや実写映画化され再注目されている漫画ですね。 哲学的なテーマ性の高さや世界観が多くのファンを獲得しています。そんな漫画「寄生獣」とアニメの「寄生獣」について、簡単なものから奥深いものまで、いくつかの矛盾点・疑問点を探ってみました。

1.アニメの設定は秋から冬なのに新一が多くの場面で半袖だった

原作では設定は夏となっていますが、アニメでは秋から冬ということになっていました。

その割に新一は半袖でいますし、季節感が感じられる描写はあまり見られません。これは特にアニメの第6話で顕著にみられます。

特にきちんとした理由のある改変ではないようで、それだったら原作通りにしてくれれば良いのにと考えられる方が多いようです。

2.食べた人肉=ミギー?

ミギーは作中のなかで、寄生した部分以外は通常の人間と同じだと説明しています。

ということは、ミギーが人間を食したときの人肉はどこで消化されているのかが気になってきますね。

色々な憶測がありますが、寄生した部分で粉砕されてから消化するので、通常の人間よりも消化が早いという説が有力ではないでしょうか。

また、消化が良いから140年も生きられるというわけですかね。

3.ミギーは新一の脳を乗っ取ることができたのでは?

ミギーは新一に寄生しようとした際、耳や鼻孔からの侵入に失敗し右手に侵入した後脳を目指すが、新一がコードで腕をきつく縛ったためそのまま右手に寄生します。

しかし、人間の身体には血液が循環しており、身体に寄生された時点で血液中の移動が可能だと思います。

そこは誰もが思いつく点ではあると思いますが、それをいってしまったらそもそも物語りは始まらないと思うので、この辺で留めておきます。

4.田宮良子の生んだ子どもは三ヶ月で出てきたが、純粋な人間なのはなぜ

5.後藤は真の寄生獣になるために人間と同じことをしているのでは?

後藤は田宮良子が作り出したパラサイトで、5匹の寄生生物からなる本作のラスボス的な存在です。

後藤は純粋な寄生生物として完璧になろうと考えます。しかし自らが変形することはなく、他の寄生生物の統率を図るのに精一杯で、かと思えば「体の操縦」訓練のためにショパンを弾いたり戦闘的な「演習」も行います。これはどう見ても人間的な行為です。

ここに完璧な寄生生物になるために、人間的な行為をしているという矛盾が生まれています。

だからこそ、後藤の対照として、人間の右腕に寄生したミギーという不完全な存在がさらに浮き彫りになってきます。こういった深いテーマがあるところがこの作品の最大の魅力ですね。

「寄生獣」はテーマが奥深く、また考えさせられることも多い、素晴らしい作品だと思います。

そのため細かい矛盾点は気にせずとも楽しむことができる作品ではないでしょうか。

エムキャス