手塚治虫の伝説まとめ。漫画の神様の超人エピソード

漫画家として、また日本で初めて行われた週一放送のTVアニメ制作に関わったアニメ界の第一人者として、数々の偉業を残してきた漫画の神様と呼ばれた手塚治虫。 後世に与えた影響は数知れず、日本での主流アニメーション形態となったリミテッドアニメーションを独自に進化・発展させた事など、まさに歴史的な人物と言えます。 そんな好奇心旺盛で負けず嫌いで徹底したプロ根性を持つバイタリティ溢れた偉人・手塚治虫氏は非常に変わり者としても知られており、数々の有名エピソードを残しています。 ここでは、手塚治虫氏の変わり者エピソードをまとめました。

膨大すぎる仕事量を裁く超人的な能力

超が3つ付くくらいの人気漫画家であり、それ故に数多くの雑誌で連載を持っていた手塚治虫。

全盛期は一度に10以上の連載を抱えており、漫画だけでも常人ではまず遂行不能なスケジュールでしたが、それに加えて自身が興味を持っていたアニメ制作にも手を出したのでその仕事量は殺人的な程に多かったそうです。

そんな状況にも関わらず作品に対して妥協することは全くないので、自身が気に入らなかったら新たに作品を描き直す…なんて徹底ぶりを発揮することも珍しい話ではなかったと言います。

この辺りのエピソードは漫画「ブラックジャック創作秘話」に詳しいですが、とにかく原稿を回収する担当さんは原稿がまるで上がってこないことにイライラする事も多かったそうです。

それでも仕事を引き受けてしまう

締め切りの限界ギリギリまで作品と向き合い、納得できるものになるまで妥協しない精神、執筆力は人並み外れています。

なぜ手塚治虫は断らずに多くの原稿を抱えるようになったのか?

それは、ひとえに自身の創作意欲がまるで枯渇することがなかったから。

描きたいもの、表現したいモノがいくらでもあって、それを発表できる場を与えてくれるのならば自身のスケジュールがタイトになってもまるで気にせず。

病院のベッドで臥せっていた時でも原稿に向かい合い、最期まで漫画に費やした生き様はまさに「漫画の神様」というべきものでしょう。

天才ゆえのワガママ?

誰もが認める天才・手塚治虫はとても気分屋なことでも有名。

ベレー帽がなくなると描けなくなる、愛用の鉛筆でないと描けなくなる、下北沢の赤いきつねが食べたい、チョコが食べたい、スイカが食べたい…などなどやりたい放題。

特に食べ物にはこだわりがあるらしくチョコレートはハーシーズのチョコが大のお気に入りであったとか。

時間帯が深夜であろうと何であろうとお構いなしに色々と無茶ぶりをするのがなんとも天才っぽいエピソードです。

中国で出版された海賊版「鉄腕アトム」への対応

日本の漫画はそのほとんど全てが縦長の原稿となっていますが、この時に中国で出版された海賊版「鉄腕アトム」は横長の漫画本であり、どうしても縦長の原稿には収められない場面も出てきます。

そのような場面では中国のスタッフが描き加えて出版したそうですが、そのクオリティがかなり酷かったそうです。

手塚プロの社員は海賊版として出版された事に抗議しようとしましたが、当の手塚治虫がもっとも我慢ならなかったのはオリジナル部分のクオリティの低さ。

なんと、手塚治虫は「中国の人にもちゃんと楽しんでもらおう」との考えから自らが手直しした海賊版原稿を中国の出版社に無償で送るという行動に出ます。

プロ根性と言うか、クリエイター根性と言うか…とにかく普通ではありません。

ベレー帽にメガネのあの姿は外向け用?

手塚治虫の外見と言うとまず真っ先に思い浮かぶのがベレー帽、そして眼鏡。

手塚治虫のイメージがあるためか、日本でベレー帽と言えば漫画家を演出するための小道具のような感じすらありますが、手塚治虫はお客さんやマスコミ対応する時にのみベレー帽を被っていたそうです。

原稿に向かう時はベレー帽を外し、更に細かいところを描く時には眼鏡すら外して魂を込めて描いてた…というエピソードも有名です。

今回は手塚治虫の仕事中のエピソードが中心でしたが、本格的なストーリー漫画を生み出した事や漫画家のアシスタント制度を作ったこと、また日本におけるアニメの枠組みを作ったことなど偉業を挙げればキリがないほどです。

「超人的」という言葉だけでは決して括ることのできないバイタリティの塊であった手塚治虫がもっと長生きしていたらどんな作品を生み出していたのか、とても気になる天才・手塚治虫の伝説的エピソードまとめでした。

エムキャス